2016年07月18日

床屋の隣で絵画教室を




趣味の話を書いたついでに油絵のことを書いておこう。
もう25年ほど前のことになるが、いつも通っている開いている人がいた。顔見知りの奥さんが先生だったので通わせてもらうことにした。油絵の入門書などより、先生に習ったほうが近道だろうと考えたのである。通い始めて最初にやらされたのがデッサンだった。コンテでダビデの石膏像を画用紙に描いていくのである。絵の基本はデッサンからというのだが1枚描いたところで飽きてしまった。
「先生、もうデッサンは描きたくありません。画家になるわけじゃないので基本はどうでもいいんです。それより油絵の描き方を教えてください」
しようもない生徒だなぁと思ったに違いない。妻とも知り合いだった先生は、そこは譲ってくれて私の我が儘を許してくれた。早速、油絵の手ほどきとなった。飛騨高山で買って来たとかいう糸巻と紙の風車を前にして、よく見て描いてくださいという。絵の具の混ぜ方やペインティングオイルの使い方などを一通り教えてもらったと思うが、それほど難しいものではない。背景や影の付け方などを教えてもらったが、月謝を払って習うほどのことでもないなぁと感じた。しかし、すぐにはやめなかった。ちょうど、その時、教室で習っている人達の作品展を関内のギャラリーで開くことになり「日向さんも出品してください」と言われたのである。もちろん、「はい、わかりました」ということになった。
教室で描いたものを2点ということだったが、入会したばかりなのでまともな作品がない。自宅で描いたものでもいいということにしてもらって仕上げたのが写真の絵である。題名は「象1」。大きさは8号(45㎝×38㎝)である。近所の人からインド旅行の土産にもらった象の置物を、前方から見て一部分だけを大きく切り取って描いたものである。私にとって初めての作品であり、相当の時間をかけて描いた作品である。25年経った今も我が家の玄関に飾られている。  


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2016年02月22日

ヤノマミ族の村に白人や文明



人が入ること自体、実は極美麗華導遊めて、難しい。
彼らは、文明人によって自分達の世界の中に流される”文
明の害毒”から慎重に身を護ろうとする。だから、弓や槍で
武装した”防人”が集落の周囲に目を光らせている。体形は
やや小柄で身のこなしは俊敏である。
この鉄壁のが―ド網を搔い潜って(というより)ヤノマミ族の
ほうから集落内へ引き入れたのが、なんと一人のアメリカ人
女性であった。

楽しかるべき観光バスツアーが、一瞬にして”地獄”と化し
たのは、アメリカ人を乗せた一台の観光バスが山岳地帯のカ
ーブで運転をあやまり、谷底を轟轟と流れる河の中へ真っ逆
様に転落した時である。

生存者は無かった。ただ一人、ヤノマミ族の若者の手によ
って奇蹟的に救出された一人のアメリカ人女性を除いては…。
長い昏睡から醒めたものの、婦人は記憶を失っていた。だ
が、それ以外はすべて正常で手まねや身ぶりで何とか”会話”
もできた。夫人は医者であった。従がって、ヤノマミ族の壊
の一番深い所へ入っていくことができたのも、その部族の長の
娘を激しい腹痛から救ったからである。それ以来、婦人は集
落の一員として病實德金融好唔好人やけが人の治療にあたった。当然大事
に扱われた。

アメリカの大都会に居を構える一人の男性、R、誰あろう、彼
こそ、あのヤノマミ族に救われた婦人の夫である。妻の生存は
絶望視されていた。さもあろう、たのみとする捜査隊も引き返し
何度シティ?ホール(市役所)を訪れても「テリプリ?サ―リ(お
気の毒です)」の一声がPanasonic濾水器あるばかりだった。
  


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2016年01月25日

展開される大晦日の様子を描い

今日は、大晦(おおつごもりegrip vt 30w)。
もともと陰暦で使われる言葉で、「晦〔つごもり〕」は、『月が隠れる日』という意味。


今でこそ、この日は一年の最後の日と呼ぶ程度の一日になりつつあるが、
江戸時代は、町人にとって金銭上の総決算日。
一年のつけを払う日と決まっていた。
その虚々実々の人間模様がたものに、
井原西鶴『世間胸算用(せけんむねさんよう)』がある。

全部で二十の短編から成っていて、
「おおつごもりは一日千金」という副題がついている。
この浮世草子、すべての噺を大晦日の一日の出来事として描き、
展開されている庶民の悲喜劇がおもしろい。

そのようなめまぐるしい一日が開けると、しめ縄をしめ、
新たな年の元旦となるManaged Cloud

その結界を示すようなしめ縄は、天の岩戸の話を由来としているという。
隠れていた天照大神が出てきた時に、
再び籠らないように縄を岩戸口に渡したたこと。
その話をもとに、
さらに展開し、正月に邪を防ぎ穢れを避けるためにしめるようになったという。

正月らしさと言えばyou beauty
小林一茶が思い浮かぶ。
彼の俳句には、正月を詠ったものが多い。

『元旦や 上々吉の浅黄空』
『めでたさも中ぐらいなり おらが春』
『かれらにも元旦させん鳩すずめ』

この正月、全国的に穏やかな天候の一日の予報が出ている。

小林一茶の境地を味わえそうだ。  


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2016年01月13日

人の心を知ることは

漫才で爆笑をとるには、まず最初の「つかみ」と呼ばれる段階で、
観客の心を掴まなくてはならない。これが一つ目のヤマ。
これでハズれると、あとで挽回するのは大変だという。
これは、小説でも同じで「書き出し」の部分で、
読者の心をつかめば、一気に畳み込むようにグイグイとストーリーの中に
引き込んで行くこと陳柏楠ができる。
「書き出し」で知られている小説として、まず挙がるのは川端康成の『雪国』だろうと思う。
”国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。”で始まる一文。
この文の役割は、人が普通に生活している日常の世界から
『雪国』という非日常の世界へさりげなく、それでいて強く誘っていくような響きがある。
また、カフカの小説『変身』の書き出しは、
”ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、
自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変っているのを発見した。”というもの。
これも、朝気づいてみれば、非日常の世界に居ることに気づく。
日常から一気に非日常へと変化させる文となっている。

フランス語で、「書き出し」のことを"attaque(アタック)" と言う。

これは、音の響き通り日本語の「攻撃」と同じ言葉となる。
相手の心に撃ち込むというところから来ている言葉ということができる。
”「おい地獄さ行ぐんだで!」”というまさに攻撃的な言葉で始まるのは
プロレタリア文学として知られる小林多喜二の『蟹工船』。
これは、非常に攻撃的家用健身器材で印象に残りやすい。
また、カミュの『異邦人』の書き出しは ”きょう、ママンが死んだ。 ”から始まる。
攻撃的ではないが、この主人公がどうなって行くのか?
ということを感じさせる文でもある。
意外になんでもない始まりをするのが、プルーストの『失われた時を求めて』。
”長いあいだ、私は早くから寝た。”という何の作為も変哲なところも感じさせない一文。
この小説が書かれた当時、数多くの小説が出され、
印象づけるためのセンセーショナルなスタイルが横行していた。
そんな中で「何でもない」一文からの出発だったことが、
かえって当時のフランス人の心を掴んだとも言えそうだ。

人の心を掴むのは、印象的な「攻撃」ばかりでなく、「何でもない」ことに
人は余計に反応すreenex facialるのかもしれない。

作為的なものより「何でもない」日常的なところで生まれる笑いの方が、
人を引き込む笑いとなったりする。  


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2015年12月22日

レシピブログさんの連載は『グリルdeピザ!』



今週ももう金曜日、早詩琳かった。。。

って毎週言ってるくらい毎日があっという間!

とりあえず年賀状印刷までこぎつけたのでよかった♪

そしてレシピブログさんの連載も無事更新しました。

金曜日といえば、『レシピブログ雪纖瘦さんの連載の日』

夏からお気に入りのレシピになっているオーブン使わないピザを今回はご紹介しています。

何を使って焼くのかはぜひ連載を見てみてください*^^*

このピザはめん棒は使わず手で伸ばし

あるもので焼くのでとってもモチモチで美味しいと思います(笑)

トマトソースも載せていますのでよか肌膚彈性ったらぜひご覧ください♪  


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2015年12月16日

嫉妬の炎が、ちょろちょろ小さい



嫉妬、嫉む???そういうこころのメカニズム。
それは、女性に多いように迪士尼美語 世界思う。
めらめらめら???。

源氏物語にも、生霊として嫉妬の相手を殺すストーリーが、あるようだし。

わたしは、その手の話は、あまり乗る気がしない。
けっこう、さらっとしている。
嫉妬とかではなく、「コイツめ~!」と、自分の思うようにならないことに対して、逆恨みをすることはある。

嫉妬に対しては、嫉妬しないようにする対策を講じる。
自分も頑張る、正しい方向に努力するとか、
それが無理なら、嫉妬を感じる対象を日常から目に触れないところに移動させる、あるいは、自分が移動する。
カンに障るものは、見ない、触れない、封印して感じないようにする。
あるいは、虫歯の治療のように、自分の神経を抜く。

どうもこの話題、気合が入らない。

わたしは、どちらかというと、目標に向かってひたすら努力するタイプ。
それは、人間に向かってはしない。
ひとのこころを変えようなんて、思わない。
技量や才能、行動が向上するように頑張る。
自分が、あまりにもダメで足元にも及ばないような相手だったら、別の人の足元を向けて、方向チェンジするか、
あるいは、コツコツと歯を食いしばって頑張る。
だから、あんまり嫉妬しているヒマがない。

努力しても努力してもダメで、嫉妬の相手が高らかに煌々と光り輝いていたとすると、
それは、嫉妬ではなく、憧れなんじゃあないだろうか。

「嫉妬」と、「憧れ」の違いは改善關節???
嫉妬も憧れも両方、自分は下のほうから手の届かないものを見上げている。
自分はべつに惨めではないが、対象とする人が手が届かないのが、「憧れ」であり、
自分は、まったく、どうしようもなく身動きとれないのが、「嫉妬」なのだろうか?

自分が、マイナスのところに位置しているのか、
ゼロのところにいるのか、
ほんの少しでもプラスのところにいるのか、
それによって、感じ方が違うのだろうか。
どうしようもない出口のない思いなのか、出口があるのか、その違い?
あるいは、たんに性格の違いだろうか。

わたしも、若い頃、嫉妬したりしたこともあった。
が、長い目で見たりすると、嫉妬を向けていた対象者は、別の分野では、ぜんぜんどうってことなかったり、
逆に、嫉妬していた分野も、見方を変えれば、嫉妬する必要がまるでなかったり、
そういうことを経験した。

嫉妬しているヒマがあれば、一歩でも近づきたいと努力するか、
わたしとは、別もん!と、負け惜しみしつつ、見なかったことにするか???。
あるいは、人にはいろいろあるし、他の分野はどうなのか、別に知りたいわけでもないし、
ようは、あまり、人のことには関心がないというわけだ。
どうでもいい。

こんな内容では、嫉妬について、こころのメカニズムを分析、なんて、冒頭の言葉を取り消さなければならない。
(いま、チェックしてみると、分析、とまでは書いてなかったようだけれど)

すみません。
もっと真面目に、時間のある時に取り組みます抗衰老
(といっても、似たようなものかも知れないが???)


唐突ながら、今日は、ここで、ぎりぎり時間制限、いっぱい、いっぱい、
で、終了します。  


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2015年12月10日

マッチ売りの少女 VS 暖かい部屋の少女

ジングルベルの音はさすがにまだだが、街には、イルミネーションが煌いている奧米加3
クリスマス商戦、真っただ中。あと1か月、熱戦は続く。
家庭でも、幸せそうな笑い声が響く、クリスマス。


マッチ売りの少女は、明るく楽しそうな声が聞こえる窓に、顔をくっつけて、
その光景に、こころ奪われる。
実は、そんな幸せそうな家庭も、病魔が潜んでいることもある。
(「本当は怖ろしいグリム童話」、みたいになってくるが。)
自分が幸せだと、自分に言い聞かせているだけのこともある。
そういう人に限って、ことさら、幸せを演じ、装う。
偽善のニオイが、プンプンする。
が、本人は気付いていない。
それは実際のところ、「幸せ」というものなのだが、一生、知らないまま、棺桶まで到達すれば、完璧だ。
幸せに必要なものは、いい意味で表現すると、純真、純粋、悪い意味では、無知、鈍感。
これに、「努力」、「才能」、「運」が加わる。
そうすると、幸せをつかむことができる(らしい)。

マッチ売りの少女は、最後は死んでしまうが、凍死は死因の中では、最も安らかだという。
夢を見ながら死んでいったのだから、幸せかも知れない。
残された家族がいる場合が、悲劇なのである。
彼女の場合、家族はいないのだから。
ぬくぬくとした窓の中から、笑顔の女の子が、ふと、窓の下を見ると、そこには少女の姿が???
でも、見なかったことにしよう???いや、それでは、罪悪感が残る香港旅遊業網站
アタシは、見えていないんだ、気のせい、気のせい???と、意識的に消したかも。
いつまでも、死ぬまで、その罪悪感と戦う窓の中の少女と、マッチ売りの少女とでは、どちらが幸せだろう。

マッチ売りの少女は、自分のせいではない理由で、楽しい思いもせずに
努力のしようがない状況で、人の家庭を羨みながら、悲劇のヒロインで死んでいく。
現在の福祉が整っている先進国では、
そんな幼い子供が、寒空の下で凍死するなんてことは、ちょっと現実味はないけれど、
世界中では、まだまだ貧困による悲劇は後を絶たない。
絶対的不幸は、根絶すべき問題だ。
しかし、戦争は、いつも、世界のどこかで起こっている。

富める国で、幸せ感覚が麻痺してくると、目や感覚が曇ってくることもある。
それを承知で、あえて精神面だけを誇張して言えば、
自分のせいではないことや不条理を恨み、嘆くことは、不幸だが自責の念はない。
が、自由な選択のあげく、自分の生き方に責任を取ることも重いものがある。
幸せの質は、高くなればなるほど、苦しみも増す。
いつも、不満を人のせいにしている人は、ある意味、幸せだ探索40


人は、偽善を抱えて生きている。
そんなこと、ないわ、アタシは、純粋よ、本当に幸せよ、
素晴らしい家族にも囲まれ、素敵なオトモダチもたくさんいるし、???
という人は、周りでは家族が泣いているかも知れない。
暖かい部屋の少女は、何も見えなかった、と無理にでも信じようとしているのかも知れない。
  


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2015年11月27日

パンケーキなのか?ホットケーキなのか?



みなさん こんにちは・+゜・。(*´∀`*)・゜+。+・

朝から楽天スーパーセールに踊らされてるあいりおーですnu skin 如新

物欲ないないって思っていたんだけど、いつもの価格よりも下がると

なんで人間はそれがほしくなるのか?

それがほしいというよりは、それを低価格で手に入れる欲求なのか?(笑)

でもずっと欲しかったものが、このスーパーセールで値下がっているのを見ると

この機会を逃すまい!みたいな(笑)

こうやって私みたいに踊らされてる人いるんじゃないか?

今日明日の夜が決戦のタイムセール(。→∀←。)キャハ♡

まあ、朝は美魔女に1mmくらいでも近づけるように必須アイテムを悩んで悩んでポチ。

「あきらめないで♪」って言ってたあの言葉を胸にあきらめず((●≧艸≦)プププッ

そんな楽天の罠に踊らされてる私が今朝焼いたパンケーキ♪

ホットケーキなのか?パンケーキなのか?

まぁどっちもいいのだけどこんな朝を撮ってみたかった(笑)




堀井和子さんのプレートにクチポールのナイフを使いたかったという図(笑)

満足満足!!(*ノ∀`*)ノ

パンケーキはかねてから子ども達からのリクエストで什麼是Beauty Box

私のお菓子もパンも興味な子ども達が唯一リクエストするのが

パンケーキとプリン。。。

ということでお互いが満足する朝となりました。

パンケーキにはcotta 薄力粉 ドルチェ 1kg

もちふわな美味しいパンケーキが焼けます♪

ベーキングパウダーはずっとこれラムフォード ベーキングパウダー(アルミフリー) 114g

アルミニウムフリーでホットケーキミックスをなめたときのピリって感じがありません。

明日もリク起維數學教室エストされたけど、明日は学校だから焼かない^^;

パンケーキって1枚1枚焼くのに時間かかるからね。

また週末までお預けです。  


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2015年11月23日

カップでお尻パン?



今日は朝から旦那の誕生日ケーキを作っていまし泡菜 食譜た。

もう知り合って24年も経ちました?ヾ(。 ̄□ ̄)? ????!!

もうすぐ四半世紀じゃんか!

かなり若い時から知り合いです(笑)って言っておかないと私いくつって感じでしょ蟲草Cs4

そんな本日のケーキはお菓子ブログにUPしています?


今日UPしてるパンはこないだかぼちゃのお尻パンを作った時と同じ型を使って

カップでお尻パン。

腰高の可愛いお尻が焼ける?

TXトレー96径 ツイスト このカップお求め安くておすすめ印傭

今回はオーブンの癖が前回この型を使った時にわかったので

ちゃんと焼きが甘いなんてことがなく焼けました。


私の遅い朝ごパンなので軽くサラダとイチジクで終わり。

白パンはもうふわふわで幸せ気分?

使ってる粉はこれ


今はイチジクが旬でよく買うのだけど

イチジクも当たりはずれがすごくて、これははずれだった@@

一応とよみつ姫だったのに~!!

甘いイチジクは本当に美味しいけど、これはなんていうかジャム向きだったな。。

食後のお楽しみだっただけにショック。

まぁ、そんな日もあるか。  


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2015年10月24日

まだ話のできない子供に

アフリカのタンザニア連合共和国は内陸部のタンガニーカ(Tanganyika) と
島嶼(とうしょ)部のザンジバル(Zanzibar) が合併してできた国家。
アフリカでは、今でも様々な呪術習慣があるelyze

中でもこのタンガニーカでは、ちょっと奇妙な呪術の方法がある。
様々な病気を抱えた患者がそこの呪術師を訪ねると、
「ティンコン」という薬草を与えられるelyze

患者は、酩酊状態になり、そこで過去に戻り、
過去に過ごしていた生活を再び繰り返すという錯覚に陥るelyze

ところが、
その状態から戻ってくると、何ごともなかったような健康体を取り戻すという。
そんな非科学的なと思うが、
フランス・パリのとあるクリニックでは、3、4歳になって、まだ話のできない子供に、
子宮音を聴かせて治療するという療法を導入しているという。
これは、

母親の腹部にコンタクトマイクをつけて話し声を録音して、
防音した部屋でその音を聴かせるというもの。
これは、大人が聴くと言語というより、ただの「子宮濾過」の音。
言語としての意味を持たないが、そこを通過した子供は、
自分の流体起源に遡り、最初の道に到達して、

そこで、途中で喪失してバランスや方向感覚を蘇らせてくるという。これらに共通しているのは、「過去」に戻ること。病気など、ある種、バランスを崩した人間の中は、

ことによると、過去のある時期に、何かを喪失したことにより、
病気などの不具合を生じているものなのかもしれない。
現代人にも、このように、過去に戻るということが必要なのかもしれない。
  


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